坐禅という言葉を聞くと、警策で叩かれるとか苦痛に耐えて我慢して過ごす、というような苦行のイメージを持っている人も多いのではないかと思います。しかし先人の残された坐禅の指南書を読むと、身体の力みを取り、気になることも取り扱わず、身も心もゆったり過ごすように書いてあります。

その目的は『自分の真の姿を知る』ということです。

そのような言葉を聞くと様々な考えが浮かぶかもしれませんが、その『考える』ということと、実際に起こっている『事実』との違いを明確に知るということでもあります。

仏道の修行として伝わってきた禅の修行による影響は、今も日本の生活の中に溶け込み、精神性の一部になっていると感じます。

一人でも多くの方が、生活の中で実践できる坐禅の素晴らしさを体験していただき、より自由で充実した生き方ができるようにと願っています。